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富山地方裁判所高岡支部 昭和47年(ワ)149号 判決 1977年6月07日

原告 渋谷宗登夫

被告 国 ほか一〇名

訴訟代理人 宮竹信也 清水洋 塚本由美子 ほか六名

主文

原告の被告国に対する訴およびその余の被告らに対する主位的請求の訴を却下する。

原告の被告国を除くその余の被告らに対する予備的請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  原告と被告らとの間において、別紙物件目録(一)ないし(六)記載の土地につき原告が所有権を有することを確認する。

(二)  原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地について、被告渋谷隆俊は六分の一、被告渋谷修、被告横川きよ、被告鈴木信二郎、被告プライス順子は各一二分の一、被告大谷多美ゑは一八分の一、被告大谷章文、被告大谷光弘、被告大谷和照は各二七分の一の各共有持分につき、昭和二五年四月二八日富山地方法務局小矢部出張所受付第六九九一号をもつて訴外亡渋谷喜作に対し自作農創設特別措置法第一六条による売渡を原因としてなされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

(三)  原告に対し、別紙物件目録(二)記載の土地について、右各被告らは右各共有持分につき、昭和二五年四月二八日同法務局同出張所受付第六九六七号をもつて訴外亡渋谷喜作に対し右売渡を原因としてなされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

(四)  原告に対し、別紙物件目録(三)記載の土地について、右各被告らは右各共有持分につき、昭和二五年三月三〇日同法務局同出張所受付第二七四九号をもつて訴外亡渋谷喜作に対し右売渡を原因としてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(五)  原告に対し、別紙物件目録(四)記載の土地について、右各被告らは右各共有持分につき、昭和二八年四月二一日同法務局同出張所受付第二六三号をもつて訴外亡渋谷喜作に対し右売渡を原因としてなされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

(六)  原告に対し、別紙物件目録(五)記載の土地について、右各被告らは右各共有持分につき昭和二五年四月二八日同法務局同出張所受付第六九六七号をもつて訴外亡渋谷喜作に対し右売渡を原因としてなされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

(七)  原告に対し、別紙物件目録(六)記載の土地について、右各被告らは右各共有持分につき昭和二四年一一月二二日同法務局同出張所受付第八〇六号をもつて訴外亡渋谷喜作に対し右売渡を原因としてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(八)  被告国は原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地について昭和二三年四月一日、同目録(二)(三)記載の土地について同年七月三〇日、同目録(四)ないし(六)記載の土地について同年一〇月三〇日それぞれ時効取得を原因として所有権移転登記手続をせよ。

(右(二)ないし(七)に対する予備的請求)

(一)  被告国を除くその余の被告らは原告に対し、別紙物件目録(一)ないし(六)記載の各土地につき前記各共有持分について時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告プライス順子、被告鈴木信二郎を除く被告ら)

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

(被告プライス順子、被告鈴木信二郎-主位的請求に対し)

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする(被告プライス順子を除く。)

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)訴外渋谷喜作は大正五年以来別紙物件目録(一)ないし(六)記載の土地(以下本件土地という。)を含む田二町八反六畝一六歩、畑二反九畝七歩を小作していたが、昭和八年以後は同人の四男である原告が同居の親族としてもつぱら農耕の業務に従事していた。

(二)  しかして、昭和二三年には自作農創設特別措置法により国所有の農地が当該農地の小作人に売渡されることになり、小矢部市の農地委員会は前項の小作地をすべて現実に小作している原告に対して売渡すことにしたが、その売渡総面積が同法所定の三町歩を超えるおそれがあつたため、富山県知事は一部の土地については実質的には原告に、しかし名義上は喜作宛に売渡すことにし、別紙物件目録(一)記載の土地(以下単に(一)の土地という。-以下同じ。)については同年四月一日、(二)(三)の土地については同年七月三〇日、(四)ないし(六)の土地については同年一〇月三〇日それぞれ喜作名義で、その余の土地については原告名義で、いずれも原告に各売渡通知書を交付し、その結果本件土地については、それぞれ請求の趣旨(二)ないし(七)記載のとおり喜作名義で登記がなされた。

(三)  しかしながら、喜作は昭和二三年二月一日死亡し、右売渡の対価はすべて原告が納付し、右土地に対する公租公課も原告が負担し、右土地の占有耕作を継続している。

(四)  したがつて、原告は右売渡の効果が発生し、占有を開始したとみなされる日(右売渡通知書発行日)以後二〇年間右土地を所有の意思で平穏、公然に占有を継続した。

(五)  右の次第で名義上喜作に対してなされた右土地の売渡はすべて無効であるから、その所有権はなお被告国が有していたものであるところ原告は右のとおりこれを時効取得した。

(六)  被告大谷章文、同大谷光弘、同大谷和照は喜作の二男亡大谷隆久(昭和四八年死亡)の子、被告大谷多美ゑは隆久の妻、被告渋谷修、同横川きよは喜作の長男亡渋谷利之(昭和一五年死亡)の子、被告鈴木信二郎、同プライス順子は喜作の四女亡鈴木きみ(昭和四五年死亡)の子、被告渋谷隆俊は喜作の三男渋谷喜三郎(昭和二一年死亡)の子で、それぞれ本件土地につき登記上請求の趣旨記載の各共有持分を有している。

(七)  よつて、原告は被告らに対し原告が本件土地について所有権を有することの確認を求めるとともに主位的に被告国を除くその余の被告らに対し請求の趣旨(二)ないし(七)記載のとおり右土地について喜作名義でなされた所有権保存または移転登記の抹消登記手続を、被告国に対し右時効取得を原因とする所有権移転登記手続を、予備的に国を除くその余の被告らに対し右土地につき時効取得を原因とする所有権移転登記手続をなすことを求める。

二  請求原因に対する答弁

(被告大谷章文、同大谷光弘、同大谷和照、同大谷多美ゑ、同渋谷修、同横川きよ-以下被告大谷らという。)

(一)  請求原因(一)記載の事実のうち、喜作がその主張の田畑を小作していたこと、原告が同居の子として父を助け農耕していたことは認めるが、耕作したのがもつぱら原告であるとの点は争う。

(二)  同(二)記載の事実のうち、昭和二三年ころ自作農創設特別措置法により農地が小作人に売渡されることになつたこと、富山県知事が本件土地についてその主張の日に喜作名義で、その余の土地について原告名義で各売渡通知書が交付され、その旨登記がなされたことは認める。

農地委員会が本件土地を原告に売渡すことにしたとの主張は否認する。

(三)  同(三)記載の事実のうち、喜作がその主張の日死亡したことは認める。その余は不知。

(四)  同(四)、(五)記載の事実は争う。

本件土地は戦後の民法改正まで喜作の亡長男渋谷利之の子である被告渋谷修に売渡されることになつたが、被告修が若年であつたため喜作名義で売渡されたものである。その後民法改正により喜作死亡時には喜作の相続人により共同相続された。

したがつて、原告は他主占有者であり、所有の意思はない。また、被告修は昭和三三年に原告方を出るまで原告とともに本件土地を耕作していたのであり、原告は単独で本件土地の占有耕作を継続したものではない。

(五)  同(六)の記載の事実は認める。

(被告渋谷隆俊)

(一)  請求原因(一)記載の事実のうち、喜作が大正五年以来その主張土地を耕作していたことは認める。その余は不知。

(二)  同(二)記載の事実のうち昭和二三年自作農創設特別措置法により国所有農地が小作人に売渡されることになつたことは認める。その余は不知。

(三)  同(三)記載の事実のうち、喜作がその主張の日死亡したことは認める。その余は不知。

(四)  同(四)、(五)記載の事実は争う。

(被告鈴木信二郎)

(一)請求原因(一)記載の事実は認める。

(二)  同(二)記載の事実のうち、一部の土地について原告に売渡登記がなされたことは認める。その余は不知。

(三)  同(三)記載の事実は不知。

(四)  同(四)、(五)記載の事実は否認する。

(五)  同(六)記載の事実は認める。

(被告プライス順子)

(一)  請求原因事実のうち、本件土地が喜作名義で売渡されていることを認める。本件土地は喜作の相続人である原告および被告国を除くその余の被告らの共有に属するものである。

(被告国)

(一)  請求原因(一)記載の事実は認める。

(二)  同(二)記載の事実のうち農地委員会が本件土地を現実に耕作している原告に売渡すことにしたとの点、本件土地を実質的に原告に売渡したとの点は否認する。その余は認める。

(三)  同(三)記載の事実のうち、喜作がその主張の日に死亡していることは認める。その余は不知。

(四)  同(四)記載の事実は不知

(五)  同(五)記載の事実は争う

第三証拠<省略>

理由

一  (被告国に対する請求およびその余の被告らに対する主位的請求)

原告は、その主張から明らかなごとく、本訴において本件土地を時効取得したとして被告らに対しその所有権の確認を求め、同時に訴外渋谷喜作に対する国からの本件土地売渡処分が無効であるとして被告国を除くその余の被告らに対し喜作名義の本件土地所有権保存もしくは移転登記の抹消登記手続を、さらに本件土地の売渡をした被告国に対し右時効取得を原因とする所有権移転登記手続をするよう求めている。

しかしながら、原告が本件訴訟により獲得しようとする究極の目的(法効果)は、要するに原告が本件土地の所有権を有することの確認とこれに沿う時効取得を原因とする移転登記手続の請求につきるのであり、そうだとすれば右目的にしたがつて現登記名義人である被告国を除くその余の被告らに対して直接右時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求めれば(すなわち予備的請求で)足りるのであつて、ことさら右のごとき迂遠な方法をとる必要は存しないものと解される。

もつとも、喜作に対し売渡処分をなした被告国において、右売渡処分の効力を争い、なお、その所有権が国にあるなどと主張するような場合は別個に考える余地があるが、本件において被告国は右の点を争つてはいないのである。すなわち本件紛争の実体はあくまで喜作の相続人たる原告および被告国を除くその余の被告ら間に存するものと認められる。

したがつて被告国に対し時効取得を原因とする所有権の確認とその所有権移転登記を求め、またその余の被告らに対し、本件土地所有権保存または移転登記の抹消登記手続を求める本件請求は、訴の利益を欠く不適法な訴というべきである。

二  (被告国を除くその余の被告らに対する予備的請求)

(一)  請求原因(六)記載の事実につき、被告渋谷隆俊、同プライス順子は、明らかに争わないから自白したものとみなされ、その余の被告らとの間では当事者間に争いがない。

(二)  よつて、原告の本件土地に対する取得時効の成否について判断する。

1  <証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、訴外渋谷喜作は、戦前自小作地あわせて三町歩以上の田畑を耕作していたが、戦後自作農創設特別措置法の施行により農地の売渡処分を受けることになつたこと(被告大谷ら、同隆俊との間では、当事者間に争いがない。)右売渡処分前の昭和二〇年当時喜作は富山県西砺波郡荒川村村長をしており、また高齢でもあつたため渋谷家の農作業は主に喜作の四男である原告が行なつていたこと、しかして、そのころ喜作は長男の渋谷利之が既に死亡していたため利之の子である被告渋谷修に跡を継がせる意思を有していたが、同被告がまだ幼年であつたので、同被告が成年に達するまでは原告が事実上その後見人として被告修の面倒をみることになつていたこと、なおこの地方では、このような後見人の立場の者を仲口といい、後継者が成人に達すると一部農地の分与を受けて独立するという慣行があつたこと、このような関係から右農地売渡に際し、渋谷家では当時の農地委員会に対し、一部は原告名義で、一部は被告修が幼かつたため喜作名義で、分割して買受の申込をしたこと、さらにその際原告が被告修の後見人の役割を果たすということから当初喜作名義で買受けることにしていた農地約四反歩を原告の買受け分に上積みすることにし、結局原告には合計一町八、九反程度、喜作には一町二反程度(これが本件土地である。)の各農地が売渡されることになつたが、このような事情は当時の農地委員会の関係者も了知していたこと、ところが喜作は右農地の売渡処分をまたず、昭和二三年二月一日死亡してしまつたこと(被告大谷ら、同隆俊との間では当事者間に争いがない。)、喜作宛の売渡分は名義の書換がなされねばならなかつたところ、その手続をする時間的余裕がなかつたため結局喜作名義のまま(一)の土地について同年四月一日、(二)(三)の土地について同年七月三〇日、(四)ないし(六)の土地について同年一〇月三〇日、それぞれ売渡処分がなされ、その旨登記されてしまつたこと(被告大谷ら、同鈴木、同プライス間では、当事者間に争いがない。)、そのため喜作名義宛の本件土地売渡については、実際には原告がその対価を負担納入し、その後の本件土地に対する賦課金その他公租公課も原告がこれを負担してきたこと、なお右売渡後本件土地は原告が耕作してきたが、その間昭和二六年から昭和三三年までの間は被告修も本件土地の跡継ぎという意識をもつてこれを耕作し、農作業に従事しており、原告が単独で占有を専行していたわけではなかつたこと、

以上のような事実を認めることができる。

右認定に反し証人渋谷芳子の証言ならびに原告本人尋問の結果中、右売渡は本来すべて原告が受けるべきであつたところ土地取得面積の制限の関係から名義上二人の名に分けて売渡を受けたにすぎない旨をいう部分は、その余の前掲各証拠に対比し措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  右に認定したところによれば、喜作名義で売渡処分を受けた本件土地は、その当初より関係者の間で、その名義人たる喜作本人に対する売渡として、そして最終的には、それは被告修に承継されるべきものとして主観的に意識されていたものと認められ、原告自身もこのことは了解していたものと推認するに難くない。

してみれば、右売渡処分の効力は別として、本件土地の売渡対価を原告が支払い、その後本件土地に対する公租公課を原告が負担し、かつまたその耕作も主に原告が担当してきたということも、そのことから当然に原告に所有の意思があつたと解すべきでなく、むしろそれらは被告修の後見人たる立場においてなしてきたものと解するのが自然である。

したがつて、原告の本件土地に対する占有には、その権原の性質上所有の意思がなかつたものというべきであり、その後特に自主占有に変更したとの事情も認められない以上、本件取得時効は成立の余地がないことになる。

(三)  よつて、原告の被告らに対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  以上の次第であるから、原告の被告国に対する訴およびその余の被告らに対する主位的請求の訴を却下し、その余の被告らに対する予備的請求は棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前島勝三)

別紙物件目録(一)ないし(六)<省略>

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